2026年7月1日水曜日

FIFA ワールドカップ 2026 展望

 少年ジャンプを購読していた小学生時代に、まさに「キャプテン翼」の連載が始まりました。車にひかれた際に、サッカーボールが体を守ってくれた、「ボールはともだち」発言が発端です。時代により、ドカベン、キャプテン等の影響を受けた野球漫画の全盛時代に突如現れたソフトな、日本においてはマイナー競技のサッカーに関するフレッシュなスタートでした。

その前に、寝坊助の自分が、朝に初めて出会ったサッカーワールドカップ1982年にイタリアが優勝したスペイン大会でした。得点王のロッシのイタリアが3回目の優勝を果たした大会です。

当時から、アジア、中東、アフリカ以外では盛り上がっていた大会でしたが、NHKが踏ん張って、変な時間に放送していました。

2000年前にナイジェリアやカメルーンの身体能力が高いアフリカ勢が台頭してきました。これは、近い未来に席巻すると予想していましたが、今大会では監督のデシャン以外の選手が、ほぼ黒人系であるフランスが1番の優勝候補です。

1994年のアメリカ大会は、かなり衝撃的でした。アメリカでは不人気競技でしたが、地元の声援を受けた代表が躍進して、後のプロリーグ発足へとつながりました。マラドーナ率いるアルゼンチンは、私の大好きなバティの活躍もあり快進撃でしたが、当のマラドーナが麻薬成分検出で出場停止となり、スコッと負けました。ド派手なヘアースタイルのバルデラマ率いるコロンビアの敗退原因となる、オウンゴールをした選手が、母国で殺害されました。

ヨーロッパ時間で強行された試合のせいで、激暑のデーゲーム。選手はみんな、後半はバテバテでした。ブラジル対イタリアの決勝戦。私が最も大好きで、応援していたイタリアのロビーことロベルトバッジオ。スコアレスドローで初の決勝PK勝負となったイタリア5人目のキッカーであるロビーが枠外に外したことで勝負が決しました。あれほどの選手でも、炎天下の延長を含む試合時間からの疲労、自国を代表する極度のプレッシャーが作用したのでしょうか?

イタリアが翌、1998年のフランス大会で、初優勝したジダン率いるフランスとPK戦となり、一番手で決めたロビーが、五番手で外したディ・ビアッジョにすぐに駆け寄って慰めるシーンが特に印象的でした。ちなみにこの大会は、長女が誕生した伊豆大島に住んでいて、ワールドカップを観るために購入したBS用のパラボラアンテナが、崖下のために衛星を受信できずに夜な夜な事務所まで赴き、観戦した大会でした。

ちなみに選手と監督で優勝経験がある人は、ベッケンバウアーとジダンだけです。

あまり日本代表には期待していませんでしたが、女子の初のワールドカップ優勝、二度と受賞することがあるかの澤選手のメッシと並んでのバロンドールの初の日本人受賞、等を経て、釜本やキングカズが切り開いた、ヨーロッパへの武者修行のための多数の移籍により着実に力をつけてきた日本代表。

残念ながら、ブラジルに初優勝の夢は阻まれました。世界のトップ選手と対峙して守備的に多大な貢献をした堂安選手。でも、味方の守備陣に任せて、若い頃のギラギラした、隙あらば的な攻撃的なプレーをもっと見たかったと思いました。

6大会連続出場のロナウド、メッシ、澤さんもそうですが、初の6大会連続ゴールのロナウド、既に通算得点王であったドイツのクローゼを超えたメッシとムバッペ、試合数が増えたこともありますが、エースの母国チームに与える影響力は凄まじいと感じます。

今大会の私の優勝予測は、フランスとメッシの調子如何ですが、前回優勝のアルゼンチンです。注目選手は、ノルウェーの怪物、ハーランドとモロッコのハキミです。

特にハキミの何ものにも捉われない自由なプレーと無尽蔵のスタミナ、ピッチ上の紳士な態度が圧巻です。かつて見たことがない、自由でチームからの絶対の信頼感と鼓舞できるプレースタイルが素敵です。注目してほしいと思います。

ワールドカップでの最年長ゴールは、カメルーンのロジェミラです。42歳でした。ロナウドが41歳のため、更新するためには次回大会にも出場する必要があります。

出場枠が増えて、様々なルールの改正もあり、少し不安ではありましたが、決勝トーナメントでは拮抗したガチンコ勝負が期待できます。さて、あなたの優勝国予想はいかがですか?

アボガド🥑

 女性に大人気のアボガド。サラダなどで活躍する食感が独特の、好きな人にはクリーミーと賞賛される果物?野菜?木にできるので、果物です。好き嫌いの少ない私が苦手なものです。食べれないことはないのですが、食感が苦手です。

苦手と伝えているにもかかわらず、妻がチョイチョイ購入してきて、ほぼサラダで提供されます。頭にきたので、中心に鎮座する大きな種を、大切に育てているバジルの鉢に植えてやりましたー

一週間ほどすると、種がパカっと割れました。探ってみると、割れた下から太めの根が出ています。もう一週間ほど経つと、毛むくじゃらの芽が出てきました。右写真の右種の割れ目から・・・

調べてみると、日本でも栽培可能なそうですが、やはり寒さが苦手で、冬場に15℃以上に保つ必要があります。室内での保護政策が重要みたいです。ギネスにも認定された栄養価がNo.1のフルーツで、森のバターとも形容されます。

二つの種からひょろっとグングン伸びて葉が出てきました。ものすごい生命力だと感心していると、徐々に弱ってきましたー

原因として考えられることは、①AGC社製の高性能ガラス「サンバランスセキュリティ」が紫外線を遮断することです。もう一つは、単純に鉢が小さくて、根が目詰まりしていることが考えられます。

思い切って、どちらも解消するべく百均へと急ぎました。大きめの鉢と土と腐葉土を購入して、一部、葉が落ちて弱っているアボちゃんを植え替えてあげて、外に放置しましたー

あいにくのダブル台風到来で、1日玄関へと避難、通過後にまた外に修行に出すと・・・

元気になりましたー

調べてみると、アボガドも特殊で、雄しべと雌しべが別のタイミングで開くため、別種類のアボガドを植えないと、結実は難しいとのこと。(庭のオリーブも、すでに10年以上経た大木ですが、2本以上植える必要があり、毎年なぜか大きめの真っ黒いクマンバチが開花の時期に必ずやってきますが、10個未満の実しかできません。本当は毎年オリーブ祭りを開催する予定でしたが、まだ開催したことはありません。pizzaなんか良いですよネ)

しかし、花が咲くのは何年後でしょうか?むしろ、それまでの越冬と高くなり過ぎないような剪定管理、成長に応じた植え替えが必要です。それまでに、あまり好きではない食感を克服して、アボガド初収穫祭として、再度ご報告できたらと考えました。手入れを怠らずに順調に成長して、多分、7年後ぐらいかな、と思いましたとさ。おしまい

2026年6月23日火曜日

果物の王様、「ドリアン」

 果物界において、王様はドリアンと言われています。女王はマンゴスチンです。

好奇心旺盛な私のドリアンとの初対面は、20年ほど前に、珍しくスーパーで半額で売っていたものです。おそらくスーパーの仕入れ担当が、チャレンジ企画で仕入れてはみたものの、日本人の保守的な客層のために売れ残ったものです。

初めての食感とキョーレツな匂いでした。う◯この匂いです。鼻をつまんで食べると美味しいのでは、と考えたのは、伊豆諸島で生産されているくさい食べ物日本代表の「くさや」でした。その昔に流刑の島で、見回りにきた役人どもに食べられないようにと臭くした等の所説はありますが、焼くほどにキョーレツなにおいを発します。味は良いので、鼻をつまんで食べるか、においが気にならない程度に泥酔するか(その場合は味も解らなくなります)の選択でした。

もう一つは、ヨーロッパ代表のブルーチーズです。こちらも慣れれば的な感覚で食べてみましたが、話しの種程度で、今後欲っしてたべることはないでしょう。ドリアンに話を戻して、鼻をつまんで食べても、その食感も苦手でした。でも、王様と呼ばれるほどです。そんなはずはないと、いつか本物の王様に出会うことを期待していました。

インドネシアに行った時に、ドリアンに再会しました。東南アジアでは一般的に流通していて、スーパー等でラップにぐるぐる巻きにされたドリアンがまるごと結構なお値段で売られていました。それをひとりのおじさんが手に取り、熱心に品定めをしていました。ドリアン愛が感じられる微笑ましい光景でした。

ホテルでは、禁止事項として、名指しは避けながらもドリアンのイラストの上ににおいのきついものの持ち込みが禁止されています。意を決して、スーパーでカットドリアンを購入してみました。家に帰って開封してみると、以前と同じ匂いがして、夢見ていた王様のイメージは崩れ去りました。

ある時、登山の帰りに勧められて、道端の山積みドリアン露店に立ち寄りました。すごく甘くフルーティな香りが漂っています。ツレが店主のおじさんに食べごろを選んでもらって、ロックオン、包丁で割って、いざ実食、とてもフルーティで、やっと王様と出会えたと感じました。五感で味わう自分としては、においは約70%で味覚を減じる効果があります。おそらくドリアンは切った瞬間から、なにかが酸化してう〇このにおいを発するものと考えていました。

この記事を書くにあたって調べてみると、シンガポールの科学者が突き止めたにおいの正体は、揮発性硫黄化合物だということです。その匂いで動物を引き寄せて、種子を遠くに拡散してもらう手助けとなる可能性もあるとのことでした。どちらにしても、揮発性ということで、切った瞬間からう〇このにおいを放つみたいです。

におい繫がりで、世界最大の花といわれるラフレシアですが、開花すると虫たちを引き寄せるために、悪臭を放つそうです。こちらも私が生きている間に見て、香りを体感してみたいもののひとつです。

ドリアンのもう一つの不思議は、ドリアン畑を見たことが無いことです。石垣島周辺では、バナナやパパイヤは自生しています。東南アジアでは、バナナ、パパイヤ、マンゴー、ランブータンはどこでも、ドラゴンフルーツやパッションフルーツの畑も見たことがありますが、ドリアンだけはありません。高価であることと独特の匂いから、盗難を避けるためか、隠れて栽培していると考えられます。たぶんね。

初めてとか五感で感じるタイプの人がドリアンを食べるのであれば、絶対に露店がおすすめです。ただし、1個だとボリュームがあるため、四人以上をお勧めします。また、酒との相性が悪いため、ランチを含めたスケジュール調整も必要です。離れていてもドリアンだと分かる、あの甘い香りとともにドリアンを楽しんでみてください。 おしまい


2026年6月6日土曜日

初夏の漬物シーズンに今年はラッキョウをつけてみました。

 思えば昨年は、初夏の漬物シーズンで梅干しを漬けてみました。カリカリ小梅ちゃんと紀州南高梅です。塩分のあんばいが非常にデリケートです。血圧キープのため、塩分控えめです。しかし、ギリギリ腐らない程度の量は必要です。さらにカビ防止のために、ホワイトリカーを添加しましたが、量が多過ぎて梅酒のようになりました。

2ヶ月ほどが経過して、比較的美味しく仕上がりました。カリカリ梅は難しく、味は良いのですが、カリカリ感はありません。紀州南高梅は、少しお高いですが、素材が良いため柔らかく、上品に仕上がりました。ただし、アルコール臭が強く、皆が喜んではくれませんでした。

一年が経過しましたが、あまり誰も消費してくれませんでした。恒例の土曜日の買い出しにイオンスーパーに行くと、高知の名産、ラッキョウが1kgほど売られていて、漬けてみましょう的な記載がパッケージに表記されていました。少し前にテレビで、高知のラッキョウが特産であること、ラッキョウの活用方法等が紹介されていました。即買いです。

裏面に記載の説明を読みながら、仕込みの準備をします。まずは漬けおくビンです。なにも無いので、梅干しの二つのビンを一つにして(混ぜた)、空瓶をつくりました。ラッキョウを軽く水洗いして、ざるに取ります。漬け汁を作ってから冷まします。ビンに投入して、漬け汁を注ぎ、二か月ほどで食べられるそうです。

簡単です。ラッキョウも下処理がしてあり、梅干しのように干したりする手間もありません。すぐに終わりました。若干拍子抜けです。でも出来上がりは楽しみです。カレーとかに合わせてみたいと考えています。

おまけ①

近年は、いろいろ漬けています。最初は梅酒でした。美味しく出来ました。しかし、すぐに無くなりました。梅酒の場合は私は樽で漬ける必要があるみたいです。もう一つ難点があり、氷砂糖を使用します。まずは、梅の成分がアルコールに溶け出してから、徐々に糖分が溶け出して、梅に馴染んでいくという過程を経ます。若干糖分過多でないと美味しく仕上がりません。

おまけ②

今年は5年ほど前に植えた、ぶどうの木に花が咲きました。初めて実が出来そうです。夢のワイナリーに一歩近づいています。ひと房を残してジベルリン処理をしてみました。説明しよう!ジベルリンとは植物ホルモンのことで、ぶどうの花に塗布することで、種を無くし、果肉の成長を促すものです。しかし、いざジベルリンを購入して、取説を読むと、希釈割合がぶどうの品種により異なります。5年ほど前に苗を購入したため、品種を忘れてしましました。適当に希釈しました。

今年の秋には、ワインの仕込みができる?かもしれませんが、そんなに大量に収穫できるか不安ではあります。何色の実が出来るのかも分かりませんが、赤、白それともロゼにするかの絶賛検討中です。

2026年6月4日木曜日

石垣島から連れ去られたヤドチャンのその後・・・

 期せずして、石垣島から連れ去ってしまった、たぶん天然記念物のヤドカリ、名前を「ヤドチャン」と申します。※石垣島から帰って! おまけ編 参照

なんとか元の美しいビーチに帰してあげたいと思いつつ、その前に死なないように管理するためにネットで必死に調べました。まず、ヤドカリの中の種類が解りません。恥ずかしがり屋のヤドチャンは、露出が少なく、毛深いことと黒っぽいという特徴だけでは判定できません。

まずは住環境です。海水の塩分濃度は3%ですが、連れ去った箇所が川とビーチの間で汽水域のため、3%以下で管理すれば大丈夫と考えました。貝殻も必要と思い、シロアサリを購入して、酒蒸しで美味しく頂いたあとに、水洗いしてヤドチャンを入れている大宿の発砲スチロールに投入しました。百均で、蓄光のピンクの石とお友達のヒトデ君も購入しました。

次は食事です。当初は娘が購入してきた、エビ類専用の食事を提供していました。まったく食べません。乾燥ワカメ・小エビを投入してみました。大きくふやけるため、食べたか否かの判定がつきません。食べ残しは、水質を悪化させるために、食べ切りサイズが基本です。

あるときヤドチャンが、たぶん水を飲んでいるときに、上から金魚の丸いエサを投入してみました。これが、浮いていて、エサのサイズがすごく小さなはさみにジャストフィットするため、もりもり食べるようになりました。

ある時に、韓国産の小粒のアワビを購入して、お刺身で頂いたあとの、少しだけ貝柱の残った部分がある殻を、ディスプレイ兼用で投入してみました。仕事から帰ってから覗いてみてみると、貝柱がきれいに無くなっていました。貝好きかと考えて、冷凍アサリを入れてみると、これも食べていました。ただ、お口が小さいので、食べかすが水質悪化を招きます。水替え前にご褒美として与えることとしました。

4月末ごろから、右写真の左下で動かなくなりました。えさも食べません。恐らく脱皮です。本当は土にもぐって、万全の体制を整えたかったのかもしれませんが、お家の底に阻まれてしまったようです。

やどかりも脱皮を繰り返して、成長するみたいですが、決死の行為で、そのまま死んでしまうケースもあるそうです。あの狭い空間での脱衣チャレンジです。脱いだものを食べながら、という話もありますが、真偽不明です。

まったく動きませんでした。エサを与えないため、水質は悪化しませんが、水が蒸発して水位が低下します。塩3%水を追加していましたが、よく考えると塩分濃度が上昇しているのでは?と考えて、減った分の水を足すことにしました。

二週間以上が過ぎて、死んでいるのでは?とも思いましたが、死ぬと悪臭を放つそうなので、大丈夫そうです。

5月29日に少し移動しました。

無事に脱皮を完了したことで、そろそろ引っ越しを検討しているのではと考えました。驚いたことに、貝殻をネットでも販売しているのですが、うちのヤドチャンサイズは取り扱っていません。仕方がないので、魚屋さんに行ってみました。時期的に二枚貝は豊富(あさり、ハマグリ、ホタテ)なのですが、巻貝系はさざえさんしかありません。ヤドカリのお家にする旨を伝えて、大きめの借家を選んでもらい、購入しました。ちなみに産地は新潟産でした。

家に帰って、つぼ焼きです。美味しくいただいた後に水洗いして、投入です。加熱したため、殻の強度低下が心配でした。また、サザエは間口は広いのですが、奥の空間が狭いため、気に入ってくれるか心配です。しかも、かつてヤドチャンが見たことがないタイプの形状です。

前日に食べた北海道産のツブ貝の殻(現在の借家よりやや小さい)とサザエさん3個をそっと置いてみました。

翌日にはさらに移動して、急速に水質が悪化しました。抜け殻の食べ残しでしょうか?月曜の朝に早起きをして、水替えをしてあげました。

水替え後は、元気に活動しています。ごはんももりもり食べますが、私の影を見ると、信じられないスピードで殻に閉じこもります。恥ずかしがり屋さんが一層悪化したみたいです。

サザエさんを新しい新居となる貝殻と認識しているかは不明ですが、かなりの興味を示しています。もし、お引越しをしたら、お祝いにアサリをあげたいと思いましたとさ。おしまい

おまけ

今後もかわいがり続ける覚悟ですが、本当に元の海に帰してあげた方がよいかと悩んでいます。過保護に育てた自分にも非があり、厳しい自然界で、自ら餌を探して、脱皮して成長できるのか?非常に不安です。たぶん二週間程度は断食可能な能力は持ち合わせていますが、出会った当時は、浅瀬の流れに身を任せて、目が回るであろう高速回転をしていました。円錐型のフォルムのために円弧的な移動で、生命感のない自然体の貝殻感を演出していたヤドチャン。いまだにコミュニケーションが取れていませんが、本当に石垣島に帰りたいかを問いかけていきたいと思います。

2026年5月30日土曜日

厚岸(アッケシ)の後日談

 私は前歯はきれいですが、奥歯(表面が平らなタイプ)がだいぶ虫歯にやられました。小中学生の頃に、検診でC1の指摘を受けて、少し削って銀の詰め物を処置してもらいました。家に帰って、キャラメルを食べたら、その日のうちに詰め物が取れました。

翌年の検診では、C2の指摘を受けました。メンドーなので、放置しました。杜撰な管理体制のもとで、数十年を過ごした結果がこれです。ついに、技術の進化に頼って、インプラントを導入することに決めました。

本日、親不知4本と完全に死亡した神経なしの歯の5本を抜歯して、インプラントの土台五箇所を埋め込むオペを決行してもらいました。やりすぎです。食べ物をすり潰すための奥歯の噛み合わせが、左右各1箇所づつしかありません。

術後の徐々に魔法の麻酔が解けていく中で、襲い来る激痛に不安を感じていました。血流が増えるため、お風呂も激しい運動もお酒も制限されました。血管が縮むという理由でタバコも制限され、いっそこの機会に止めればとまで言われました。自己責任で対応します、とキッパリ答えて、病院を後にしました。

様々な行動制限がかけられる中、家でお腹が空いて、固形物を食べる勇気が無く、酒を飲みながら、タバコをふかしてボーっと考え事をしていました。

ここからがやっと本題です。10年以上前に、会社に優秀な新人社員が配属されました。出身地を聞くと、北海道とのこと。当時、北海道の出身者が多く、苫小牧や室蘭といった、スキーではなく、スケートが盛んな道南地域の出身者が多かったです。

出身地域を尋ねると、場所がわからないと思うけど、アッケシとのこと。道東に位置する小さな町とのことでした。今ならグーグルさんですぐに調べることでしょうが、当時はそんな便利なアイテムが普及していないため。話題をチェンジしました。

地名を覚えたことで、ニュースなどで取り上げられた際に、チョイチョイ確認しました。北海道内では、海も山も多彩で、海流も水温も地形も異なるために各所に名物があることが知られていますが、その中でもアッケシの牡蠣は有名とのことでした。先週までアッケ市だと思っていました。

車の免許の書き換え時に、講習で教わりましたが、事故の多さの極悪県、千葉、埼玉、愛知県と上位に君臨していますが、夏前から急速に本土からのツーリストによる事故で、北海道も台頭してきます。

日曜の朝の6時に、次女から飛行機でランチに行こうと誘われました。今が旬的なところで、メジャーな空港、路線では、予約が取れません。すぐに厚岸が思い浮かびました。タンチョウ釧路空港から1時間ほどで着きます。国内最大の釧路湿原や日本一の透明度を誇る摩周湖、マリモで有名な阿寒湖などがありますが、本日の目的は美味しいランチです。

本土に比べると、まだ肌寒さは感じますが、新緑がまぶしいほどで、春の北海道を感じることができました。この時期で、美味しい牡蠣を堪能することができましたとさ。おしまい


2026年5月27日水曜日

我が家の猫のお話し

 我が家では、猫を3匹飼っています。

田舎で育った自分の感覚的には、一般の家庭は防犯、セキュリティー強化のために番犬を飼います。農家などの穀物や野菜を保護するため、家ネズミの侵入を防止するためにヒットマンとして、猫を飼うというか、餌だけあげて、客人として招き入れていた感じです。その土地土地の文化に応じて、主人とペットのウィンウィンの関係を築き上げてきたと考えています。

ある時、国道を軽トラで、飼い犬のシェパードを散歩する頑固漁師のおじさんに1日に餌は何回、いつあげるのかと尋ねたところ、明快な回答を頂きました。餌は一回、朝にあげる。番犬が夜にお腹いっぱいでグースカ寝ていたら番犬にならないから。という回答にものすごく納得したことをよく覚えています。

昨今はどうでしょう。昔のウィンウィンの関係とは異なり、人生に疲れて病んだ人間を癒してくれるための道具(ぬいぐるみ等の玩具)のような気がします。結果、ウィンウィンの関係ですが、性質が変わってきていると感じます。

我が家の猫は、最初に娘が拾ってきたメスと、半年後にまた娘が拾ってきたオス2匹のブラザーです。もう10歳を超えて、ジジババ猫たちです。猫同士の関係性はビミョーです。特にメスの考え方は繊細?と言うか理解できません。

そのメスネコは、自分が猫だという自覚が足らず、猫間の主権争いの抗争が日々勃発しています。その割に、私がオスネコを注意すると、猫界代表として、猫の地位向上に努めているため故か、私を威嚇してきます。シャーってします。仲間意識はあるみたいです。

昼間は窓際で外を観察しているため、時々外に放牧します。最初の頃は喜んで外に飛び出していきましたが、足を泥んこにして帰ってきました。車の下とかで厳重な警戒態勢で、周囲を観察していました。ノミを連れ帰ったこともあり、家族総出でノミ退治をしました。のらねこと対決して、怪我をして帰ってくることもありました。

最近は、近所に野良猫が多いせいか、窓を開けても積極的に外に出たがりません。みんなの餌を横取りしながら一番体が大きい?太っているやや勇敢なシロだけ元気に外に飛び出していきます。家の前のコンクリートの床に背中をこすりつけて、太り気味のまーるいボデーで転げまわっています。

しばらくすると、シロが他の猫とけんかをしています。縄張り争いです。妻が仲裁に駆けつけて、野良猫の撃退補助をしたみたいでした。

小一時間ほどTVを見てから、シロはどうしたかと覗いてみました。少し離れた場所に野良猫、それを我が家の敷地内から警戒するシロ。一時間ほど威嚇と警戒を続けていたみたいです。シロえらいと思い、私が野良猫を遠くまで撃退しましたー。

それからもシロは外で過ごして、夕方のごはんの時間に戻ってきました。よくがんばったな!と褒めてあげたのですが、猫語が通じずに、怒られていると勘違いして、なかなか家に入ってきませんでした。その日は疲れたのか、食後に爆睡していました。


翌日、昼過ぎに、また窓を開けてみると、この日は窓に行くも、躊躇して外には出ませんでした。昨日はよっぽどがんばったのだと強く感じましたとさ。窓で躊躇するシロちゃんの写真で締めたいと思います。


来週末になると、シロはアホなので、元気よく外に飛び出していくことでしょう。我が家の縄張りを守る、たのもしいシロの武勇伝でした。 ~おしまい~

2026年5月26日火曜日

牡蠣ランチに厚岸(アッケシ)まで行ったお話し

 そうだ、飛行機でランチに行こう♪

ということで、目的地を厳選しました。

時期はずれの、生牡蠣を食べたいがために、北海道の道東に位置する厚岸に行くことに決めました。

羽田発のたんちょう釧路空港を目指します。

背後に釧路湿原、阿寒湖や摩周湖を控える釧路の空港は、原生林の中にひっそりと佇みます。丹頂鶴のお出迎えです。

少し風が冷たい北海道の地に降り立ち、新緑の無料の高速道路をぶっ飛ばします。お目当ての厚岸、まずは道の駅を偵察です。「厚岸味覚ターミナル コンキリエ」です。

空港から直接来る人は少ないため、空いていました。連れはソフトクリームを堪能しています。2階にレストランが3店舗あります。名物の牡蠣が様々なスタイルで堪能できます。

さらに上の展望台からみる厚岸の中心地に位置する厚岸大橋の右側が太平洋、左側が汽水湖である厚岸湖で、主に汽水域で養殖される牡蠣を太平洋に移動したりして、手間がかかるけど最良の手法で管理しているそうです。

この日は風も穏やかで、優美で穏やかな表情を見せていましたが、時化るとえげつない荒波が押し寄せることでしょう。

実は大きめのアサリや、稚貝をまいて育てるホタテ等にも取り組んでいるみたいですが、牡蠣の知名度のほうが圧倒的です。

ちなみに生牡蠣を堪能するには、国内が最適です。海外では、ハイリスクのため躊躇した方が無難でしょう。私はまだ当たったことがなく、すごい耐性があると勘違いしていたのですが、生で食べれる日本の技術に支えられている事が判明しました。

 厚岸大橋の袂にある漁組直営の直売所「エーウロコ」へと向かいます♪

鮮度の良い海鮮で溢れていました。ガッ、その場で食べれるのはレンジでチンしたチンカキのみです。

急いで斜め向かいにある7-11に急行し、お酒とレモン汁を調達しました。

はまぐりなどは、出汁が染み出してお汁も美味しいのですが、チンカキはうま味が内部に凝縮されます。そのため塩辛いお汁を捨てて、レモン汁で食べるのがおすすめです。

どうしても生ガキが食べたいがために、コンキリエに戻ります。

生ガキの生産者別食べ比べや、牡蠣パスタ他を赤のハウスワインで堪能することができました。

説明しよう!

牡蠣には、マガキとイワガキの種類があり、一般的なマガキは夏の時期は味が落ちるため、冬の名物になっています。一方、イワガキは通年味が変わらないため、一年中美味しく食べられます。ただし、養殖量、流通量が少ないために、どこでも食べれるわけではありません。

生で食べるためには細菌の少ない海域で育てられるか、地下水などの無菌の水に数日さらす必要があります。広島県が、牡蠣の生産量の6割ほどですが、生食用の牡蠣の生産量では宮城県が一番です。

ひょんなことから、ここ厚岸では通年、生も含めた牡蠣をたのしむことができます。(お取り寄せも可能ですよ)

最後に空港で、ご当地おつまみセットを購入して、無事帰りましたとさ。おしまい

2026年5月16日土曜日

スーパーカブ号、パンクの巻

 世界で1億台以上生産されたという、ホンダのスーパーカブ、我が85ccにボアアップされたカブ号がパンクしたお話しです。

暖かくなり、爽快にカブ号で業務用スーパーまで買い出しに出発しました。2kmほど進んだところで後輪に違和感があり、停車してみるとパンクしていました。押して帰ることとして、ワンチャン帰り道沿いにある、バイク屋さんに立ち寄ってみましたが、定休日でした。

説明しよう!

日本の二輪事情は、とても酷いものです。世界でも有名な4大ワークス「ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ」を輩出し、ホンダの二輪世界シェアは、36%です。世界の二輪の3台に1台以上はホンダという計算になります。

な・の・に・?・国内では、冬や雨が多い(他の国と比較すると)せいか、販売台数が伸びません。加えて、私のような新車を買えないユーザーには厳しく、メーカー系列のバイク店であっても、保証ができないという理由で、10年以上の中古は修理もしてくれません。某大手の中古販売店に至っては、そこで購入した車両以外のサポートはしないとのこと。見ると店員さんは暇そうでしたが・・・

東南アジアでは、110cc以上のスクータータイプが大人気です。二人乗りをしても非力さを感じず、場合によっては家族4人(両親と小さめの子供2人)が乗車できる、夢のマイカーです。

インドネシア駐在中にレンタルバイクがパンクしました。最初はバリのホステルで借りたバイクが、朝出発しようとしたら、パンクしていました。ホステルにパンクを直してくれ、と言うと、自分で直せと言われました。店はどこにあるかと訊ねると、そこら中にあるとの回答。

大通りまで押して行くと、そこら中にバイク修理店がありました。海外で初めてのため、店を自分なりに厳選して、乗り込みました。パンクの原因となったぶっとい釘みたいなものを必死で除去し、パンクを修理してくれました。200円でした。

説明しよう!

車のタイヤは、自転車と同じのチューブタイプとチューブのないチューブレスタイプと2種類あります。車のタイヤは、ほぼチューブレスです。パンク原因を除去して、外から接着剤付きゴムをブスッと挿すと補修は完了です。注意点としては、見るとわかるのですが、タイヤ断面のショルダーと呼ばれる肩が角張っています。パンクしたまま走行を続けると、横に配置してある補強のサイドビードと呼ばれる補強ワイヤーが破断してしまい、タイヤさんの寿命を迎えます。さらにホイールがダメになるケースも発生します。

バイクのタイヤはチューブとレスが混在します。自転車タイプのスポークホイルがチューブで、車と同じ鋳造ホイールがチューブレスとなります。私が愛するオールドスタイルの、乗り継いだSR400やスーパーカブは当然チューブタイプです。しかし、車体が軽いことと、ラウンドショルダーであることから、パンクしてもしばらくは走行できるのですが、コーナーでズリズリと横滑りして、危険です。

2回目にインドネシアでパンクしたのは、ボゴールからジャワ島南岸のプラブハン・ラトゥに向かう、標高高めのジャングルの中でした。めっちゃ不安でしたが、通りがかったバイクの人に尋ねると、すぐ近くに修理屋があるとのこと。行ってみると、アルコールランプ等の原始的な道具を駆使して、丁寧に、かつ、素早くチューブのパンク修理をしてくれました。インドネシアでは、車より二輪の方がはるかに多いため、国中のサポート体制が非常に充実していて、安心してロングツーリングに出かけることができます。

国内への文句はさておき、パンクを修理します。後輪をばらして、チューブを確認すると、バルブの根本から空気が洩れていました。手持ちの自転車パンク修理セットでは、補修が難しい状況です。

色々調べてみると、おそらく原因と思われる情報により、ほぼ特定されました。要約すると、チューブはアウターとなるタイヤに固定されているわけではなく、季節の温度変化等により、適正な空気圧を確保できない場合に、タイヤ内部でチューブが引っ張られることにより、固定されているバルブの根本の付け根部分が損傷すると言うものです。

なるほどと思いつつ、確かに冬の間は乗らないし、ノーメンテでした。春になって、ノーメンテで調子良く乗っていた代償と反省しました。

ヘビーユーザーであるTEMUではなく、信頼できるyahoo経由の信頼できる国内の販売店にオーダーしました♪  翌日チューブが届きました。早速交換です。令和8年現在は非常に便利です。ネットを検索すると、やり方の丁寧な説明がすぐにヒットします。動画は余計なトークが長いので、ブログ中心で活用しています。前回、SRの19インチの交換は困難で、手が豆だらけになりましたが、カブの17インチはイージーでした。私が進化したのでしょうか?

結論

暖かくなり、風を切って走るバイクは快適です。皆さん、お金に余裕があれば、できれば新車のバイクを購入して頂いて、日本が誇る二輪界隈を盛り上げていき、国内の二輪に優しい環境整備をしていきたいな、という個人的な目標の提案でしたとさ。おしまい

今日もオチがありませんせんでした。ごめんなさい。

2026年5月3日日曜日

東京散歩 by シェアバイク

 娘から東京で開催されるマンガに関する何かに連れてってくれと言われました。いいよ、と答えて、予約が必要なようです。前日にカードを貸してくれと言われて、貸し出しましたが、本人確認が出来ずに予約が取れなかったみたいです。

予定の当日の朝に調べてみました。ナニやら、最近出来たばかりの「MoN Takanawa」という美術館系の建物で開催される、手塚治虫氏の火の鳥の演劇コラボ。娘が好きなあのちゃんが声優で参加するみたい。チケットがお高いことから、私に依頼した理由がわかりました。

とりあえず突撃です。当日券を確認すると、有るけど夕方のみとのこと。別の開館記念特別展のぐるぐる展を見に行きました♪ その後に館内を散策すると、五階に足湯、六階に展望台がありました。都会の一等地に外観にもこだわりが感じられる、少しバブリー感のある建築物でした。

すぐ近くのシェアバイクの駐輪場から出発です。1日パス、1650円を購入して東京散歩(アシスト付)です。最初は不思議で無料の目黒寄生虫館です。

初めて訪れて分かったのですが、こちらは孤高の寄生虫学者、山口 左仲 氏の功績を伝える私設の公益財団法人が運営しています。誰も興味、関心が低い分野で、しかし、人々の生活に影響を及ぼす寄生虫について、孤高の、という冠詞が相応しい学者さんでした。

説明しよう! 「寄生とは?」

寄生虫は英語で Parasite (パラサイト)。『他の動物の脇にいて、その動物から栄養を得る生物』という意味です。寄生虫がとりつく相手(宿主)にたどり着くのは困難ですが、一旦寄生してしまえば、時には何年もお世話になるというものです。

私が知っていた寄生虫としては、アニサキスとサナダ虫ですが、この話は長くなるので、別の機会とします。

入館無料ということもあり、寄付を兼ねて、娘とその友達用の2着の寄生虫Tシャツを購入して帰りました。

次は、南青山にある「岡本太郎記念館」です。以前に来訪したことがあったのですが、私の影響で先生に関心を持ち、最近はご本人自著の書籍も購入していました。

自宅とアトリエを兼ねた建物を利用しているため、ぜひ連れて来たいと考えていて、自転車で乗り付けました。お庭のバナナもなんとか生き残っていましたとさ。

次は本日の目玉の「トキワ荘」です。

とその前に、お腹が空きました。先にお約束の、近所の若き漫画家たちが愛した中華料理 松葉 に行きましたが、15時までということで丁重にお断りされました。仕方がないので近所のカレー屋さんに入店、なぜここに出店したかは不明ですが、南インド風のカレー他を堪能しました。

満腹のままトキワ荘に突撃です。少し理不尽な広めの階段を登るとそこは若き日の漫画家たちが過ごした、トイレ、キッチン共同の四畳半の小部屋がつながる昭和のアパートメントでした。

手塚治虫氏が1年半ほど住んでいた部屋に、藤子不二雄両名が入居。その後にお互いのお母さんが上京したことにより、2部屋を借りて、6年ほど住みました。その間に、赤塚不二夫や石ノ森章太郎などが入居しました。一階は普通の人たちが住んで、2階はさながら創世記のマンガ修行のための合宿所的な異空間でした。

私のマンガとの出会いは「ドラえもん」でした。当時、いずれも月刊誌でしたが、小学館の小学1〜6年生までと、コロコロコミックで連載されていました。ストーリーおよび字の大きさなどは各学年のレベルに応じたきめ細かいサービス。当時まだ確立していない理論である3次元に時間項を加えた、タイムマシーンやポケット、どこでもドアに代表される4次元空間。知的好奇心の成長の7割はドラえもんから感化されています。

初めて見た映画は、お母さんと姉ちゃんと行った「のび太の恐竜」です。後に、双葉町の中学生の鈴木くんが発見したというピー助である「フタバスズキリュウ」を見にいわき市にある石炭・化石館 ほるるにも聖地巡礼で行きました。

自分の子供たちが、熱心にテレビのドラえもんを見る姿は、時代を超えて感動しましたが、未だタイムマシーンができないことが残念です。しかし、インドネシアや正月に行ったベトナムの食堂でもドラえもんがテレビで放送されていました。今世界中で最も人気があるのが「ワンピース」ですが、やや大人向けです。子供に人気で、見せたいも含めて世界一のマンガがドラえもんだと思います。溢れる藤子不二雄愛は熱が入るためこの辺にして、タイムスリップしたかのような、のどかな豊島区を堪能できました。

最後に血圧が上がらないように控えていたガチ中華を池袋駅付近で堪能して、帰りましたとさ。なぜか、池袋駅周辺にはシェアバイクの駐輪場が無いのですが、どこでも停められるので自転車は便利でしたよー。1日で60kmほど激走しました。久しぶりで、お尻が痛くなりましたが、楽しかったですよー。 おしまい

2026年4月11日土曜日

キムチのお話し

 10年ぐらい前に、あるキムチ専門店を見つけました。日本でキムチ専門で、経営が成り立つのかと不思議に思い、入店しました。

やる気のなさそうなおじさんが、焼酎を飲みながら店番をしていました。キムチのラインナップはというと、私が知り得る種類は網羅しています。しかし、これで経営が成り立つのかと思い、軽めのインタビューを試みることにしました。

月〜木はキムチを作っているそうで、集中するために店を閉めているとのこと。金〜日の17時までのみ、暇なので、飲みながら店を開けているとのことですが、特売で金〜日が半額です。意味が分かりません。つまりは倍の定価を設定しているだけの新手の新商法です。独学で研究して、日本人のお口に合うような味を探求したとのことでした。

ここで、私の心のキムチランキングを紹介します。第一位、ダカダカダーン🎵、チャンジャ(タラのキムチ)これはナニのお供でもよく合います。第二位、カクテキ(大根のキムチ)これはその商品により、歯応えが異なり、お気に入りを探求しています。あとは、伝統的な白菜のトラディショナルキムチとオイキムチ(キュウリのキムチ)で、全て食感を大切にしています。

そのチャンジャがとても美味しくて、時々購入していましたが、車での帰り道の車内の匂いは強烈です。おじさんは、焼肉店の人が店で提供用にまとめ買いして行くと言っていましたが、まあ納得のクウォリティーでした。

話はそれますが、ソウル駅前に、大きなロッテマートがあり、そのスーパーの一部に結構な面積のキムチ専門売り場があります。臭いですぐに見つけれるでしょう。本当にキムチは韓国人の魂だと感じられます。小ぶりのワタリガニ(ケジャン)の甘辛炒めのも大人気です。

秋に韓国の地方に行くと、1アール(100✖️100m)ほどの面積に、15cmぐらいの真っ赤な大ぶりの唐辛子を何万本も干している光景に出くわします。日本もそうですが、韓国では通年で収穫できないため、保存のために乾燥させて使うのが一般的です。しかし、インドネシアなどの通年収穫できる地域では、生で使用します。小さな石臼に、生唐辛子やニンニク、香辛料とその地の伝統的なソースを投入して、ゴリゴリとすりつぶして提供されます。生唐辛子から抽出される液体の殺傷能力は絶大で、雑菌から私の口内まで破壊します。よくスパイシーOK?とか聞かれますが、安易にOKと答えないようにしましょう。

例のお店ですが、短い週末の開店時間に行くのが難しく、近郊での週末ゴルフの帰り等に立ち寄り購入していました。

1年ほど前に、インドネシアから帰国後に、お店の近くを通りました。立ち寄ってみると、開店している雰囲気はありませんでした。週始めだから開店していないと思い、その日は諦めました。

しばらくしてから偵察に行くと、内装工事をしていました。リニューアルかと思い、再開を待ちました。

2026年4月に行ってみました。韓国料理店へと代わっていました。業務拡張かと思い、入店して、キムチは購入できるかと聞くと、来週から販売する予定で、元の店舗は移転したと教えてくれました。

1kmほど移動して、移転した店舗へ行きました。店内に入ると若い女性の店員さんが迎えてくれました。おそらく焼酎は飲んでいません。シラフです。キムチのラインナップは変わりありませんが、半額商法はやめていました。

店員さんにいいかげんなおじさんのことを尋ねると、多分、初代の社長のことで、4年ぐらい前に亡くなったとのこと、二代目が引き継いで、店を移転したことなどを教えてくれました。

トキのうつろいを感じつつ、いいかげんな初代社長にご冥福をお祈りしつつ、私の愛したベストスリーのキムチを購入して帰りました。この日は、別の店で発泡スチロール箱があったため、車内の強烈な匂い被害は防止できました。家に帰ると、娘も覚えていて、チャンジャ購入をとても喜んでくれました。

土曜のお昼にセルフキムチ祭りを開催しました。午後から歯医者の予約をとっていたため、ドクターおよび歯科衛生士に申し訳ないと思いつつ、敢行しました。あの日本人好みの味を探求した良い加減なおじさんの味は、きちんと受け継がれていましたとさ。  おしまい


2026年4月6日月曜日

ブロッコリーについて

 ブロッコリーが、消費も好調で、国が指定する重要野菜への追加が決まったそうです。国の重要野菜とは、国民の食生活や地域農業振興の観点から重要とされて、法律上は「野菜生産出荷安定法」に基づく「指定野菜」のことだそうです。

ブロッコリーが「指定野菜」として、この4月からの追加というニュースでしたが、これは、1974年のジャガイモ以来の50年ぶりの追加品目だそうです。おめでとーう㊗️

アレ。カリフラワーは?と心配になりました。私が子供の頃は、カリフラワーしかありませんでした。多分、大学生の頃からブロッコリーが市場に出回るようになったような気がします。最近は、ブロッコリーの方が主役の座を奪ったのかな?と思いました。

調べてみると、やはりそうでした。

明治時代に政策として、日本に入ってきたのはほぼ同時期でした。当時は、生野菜を摂取する文化はなく、野菜は煮物、おひたし、保存用の漬物等が主流でした。そこで、文明開花で生食のサラダが取り入れられて、清楚な白い色のカリフラワーが食卓に彩りを添えたわけです。

私も子供のころに、食欲をそそる、純白のカリフラワーは好んで食べましたが、緑のラインナップ、ほうれん草などは、俺は青虫じゃねーんだぐらいに考えていました。

お米を1日に5合ぐらい食べていた若年期を過ぎて、目標百歳の折り返し地点を過ぎた頃から、子供の頃に、あまり欲っしていなかった野菜を中心として、生活するようになりました。これは仕事のストレス等で血圧が上がったことと、インドネシアの安価な揚げ物(アヤムゴレンとゴレンガン)で中性脂肪が蓄えられたからです。

しかし、ブロッコリーに比べると、カリフラワーの方が生育にも手間がかかるし、出荷時に清楚な白をキープするのも大変です。結果、ほぼ同様で生育が簡単なブロッコリーに、食卓を彩るサラダの王道として、彩りはトマトや白でいうと、ササミや卵等の協力により、のしていったわけでござりまする。

カリもブロもキャベツの派生だそうです。キャベツを生で食べるのは、日本だけだそうです。外国のキャベツは、巻きが強く、硬めの印象で、炒め物のイメージに加えて、日本の技術である千切りという技法により、とんかつなどをすっきりと食べることができました。加えて、日本の品種改良にかける情熱はすごいものがあります。

茨城県北部の特産さつまいもの「紅はるか」を海外でブランド展開しているとのニュースがありました。ただ、2021年の改正種苗法により、国に登録された品種の海外持ち出しが禁止される前に持ち出された種などから、海外で生育が盛んにおこなわれているそうです。

日本のトマトは、生でそのまま食べることを目的として改良されてきたため、煮込む場合には適しません。インドネシアのトマトも酸味が強く、ミーゴレン(やきそば)にも入っていて驚きました。よく合います。

ということで、私もここ10年ほど食べた記憶がありませんが、スーパーでカリフラワーを見かけた際には、手に取って、ぜひ購入してみてください。以上、カリフラワーさんからのお願いでした。       ~おしまい~

2026年3月27日金曜日

石垣島から帰って! おまけ編

 石垣島から、帰りは那覇の乗継便で帰ってきました。終バスぎりぎりに乗り、遅くに家に着きました。各自にお土産を配布して、翌日は朝が早い出勤のため、寝床につきました。

翌朝は、なんとか目覚めて、たまっていた疲労とたまっていた仕事をこなして、終わりました。

帰宅二日目の朝は、少し余裕があり、ソファーで久々のマンガを読みながら過ごしていると、なにやらかすかな物音がします。気のせいかと思いましたが、時々物音がします。貝の入ったビニール袋をのぞいてみると、おみやげ貝殻の中に潜伏していたヤドカリくんです。ちゃんかな?

ここからは実録です。非常に警戒心が強く、少しの物音で、借家に逃げ込みます。取り急ぎ、サイズ感のわかる写真を撮影して、しばらく動画撮影態勢に入ります。ガッ、時間軸の流れが緩やかで、なかなか出てきません。5分ぐらい息を殺して静止しましたが、出てきません。

超貴重な朝の身支度時間のため、ルーティーンをこなしながら、寸暇を惜しんで見に行きます。やっと動き始めました。ツルツルのテーブルの表面を懸命に毛むくじゃらの長い足?爪?ハサミ?を駆使して、重めの借家を引きヅッテいます。


 ー ⭐︎  ー ◯  ー △  ー

思えば、3日ほど前に、石垣島の吹通川のマングローブ林と河口で、サップで遊んでいました。私の注意を聞かずに妻がどんどん沖に流されて、もう会えないかなと考えながら、暇なので、浅瀬で、満潮に向かい海水が川に流れ込むタイミングでの、水深20cm程度のところで見つけました。

白い砂地に目立つ三角の黒い貝、子供へのお土産をゲットと思い、拾ったものです。確かに違和感はありましたが、流れに身を委ねて、海底を転がる貝殻に、ヤドチャンがいるとは微塵も考えませんでした。目が回っちゃうね。

 ー ⭐︎  ー ◯  ー △  ー


ガタッと音がして、ヤドチャンが落っこちたー

そのまま放置しました。

準備を終えて、見に行くともういません。8mm/s程度のスピードで移動できます。捜索を開始しました。障害が多い床で、そう遠くには行かないと思いましたが、なかなか見つかりませんでした。角のソファーの下の暗いカーテンの下に、元のただの貝殻風で、砂浜に見立てた床で何事も無かったような体で潜伏していました。

もう出る時間のため、元のビニール袋に戻して、WhatsAppファミリーに写真を載せて、レスキューを要求しました。

仕事中も気になり、検索してみると、持ち帰る事例が多いこと、天然記念物で、戻す場合には生態系が変わるために必ず拾った場所に戻すこと、等が判明しました。

子供からも連絡があり、近所の海に戻すと、すぐに死んでしまうこと、水族館等で引き取りをお願いしたが、全て断られたとの報告がありました。海水の作る方(100gの水に3gの塩)を伝えて、経過報告を待ちました。

月日は流れて・・・


石垣島の吹通川から飛行機で本土への「ヤドチャンの大冒険」に出発してから二週間が経過しました。結論からいうと、ヤドチャンは元気です。

観察してみると、少しの音や影に敏感に反応する繊細な臆病者と思いましたが、食事中は時間がかかることと、食事に集中するためにダラシない格好でご飯を貪り続けます。食後は消化のためか、借家に閉じこもります。まとめるとぐうたらです。食べるために生きているといった感じです。

なんとか元のナワバリに戻してあげれるよう、日々のお世話と飛行機代の工面に努めたいと思います。


2026年3月26日木曜日

石垣島に行こう!4 仕上げ編

 本日、石垣島の最終日です。

ホテルの朝食ではなく、お豆腐屋さんに朝ごはんを食べに行きました。

有名店の「とうふの比嘉」に行きました。出遅れたのですが、たまたま1人だけ待ちです。ラッキーでした。帰る頃には行列していました。

オーダーは、私が手前でかりゆしセット、奥がゆし豆腐の味噌汁セットです。壁にお年寄りにもやさしいセットを始めました、と書いてあったので、店員さんに尋ねると、かりゆしセットで少しづつたくさんの種類を楽しめるようにしたそうです。


満足して、一度、ホテルに戻り、荷造りです。その後に「石垣島 鍾乳洞」へと向かいました。ドライブ中にバンナ公園の看板が見えました。せっかくなので、南の島の展望台まで行きました。


この日は、雲が無くて、石垣の街並みから、八重山の島々まで全て見えました。石垣島には、沖縄県最高峰の於茂登岳がありますが、宮古島を含めて珊瑚礁が隆起してできた島はタイラです。リーフのフチにできる白波や、水深の差を感じさせるシーブルーの濃淡が、松島や瀬戸内の島々も美しいですが、日本ではないかのような多様性を感じました。


最終日のため、急いで次の目的地の石垣島鍾乳洞に行きました。中の温度が一定で、過ごしやすいこと、また、温かいために本土より3倍成長が早い(3mm/年)ことなどを聞きましたが、特筆は入場料が1300円なのに、ツアー料金500円で入場できたことです。沖縄県に特化しているジャンボツアーという代理店で、竹富島の往復船代、青の洞窟、船で行く星空ツアーが全て500円でした。


石垣島は、世界でも有数のマンタスポットです。インドネシアで、バリ島横のレンボンガン島に行った時に、バイクしか通れない橋で繋がるチュニガン島と隣のペニダ島(ヌサペニダ)の間の水路も超有名スポットでした。ただ、アクセスが船のみで(潮流が速いため)、時間もかかるし、水温も冷たいとのことで、そこまでマンタに思いいれも無いため断念しました。石垣島の川平石崎マンタスクランブルには、うまくいけば、ビーチエントリーからのシュノーケリングでアクセスできるみたいです。時間に余裕があるため、調査に行きました。

平離島に1番近いビーチを探して、クラブメッド石垣島のプライベートビーチへのアクセスはガードマンに断られました。くじけずに、名もなき西側ビーチからエントリーです。誰かの手作り階段を降りて行きます。超々プライベートビーチで、誰もいません。リーフ内のラグーンに濃い青の深場があります。まずは、ライフワークの珊瑚の調査です。

やはりまだ水温が冷たいです。ストレスと肥満からの高血圧を克服したばかりのボデーには、ちとこたえます。飲酒もしているため、水中調査を断念しました。徒歩による調査です。


やっと平離島ビーチが見えてきました♪

本当に素敵なビーチです。水温が最も高い10月ぐらいに再チャレンジしたいと思いました。


川平湾に移動しました。石垣島の代表的な観光地です。グラスボートで見る海底は、珊瑚の白化のため、イマイチですが、ここは純粋に景色を楽しみましょう。潮位での景観の違いもあるのでしょうが、この日は心から美しいと感じました。


次は、サタケ八重山ヤシ記念館です。固有種のヤエヤマヤシを特定したサタケさんの名を冠しています。こじんまりとした記念館ですが、ヤシに特化したものです。

私のヤシに関する研究は、非常に浅いものです。五年ぐらい前に、植物性油を海上輸送で扱う工場の人に聞きました。扱いが多い油種はなんですか?パーム油との回答。なんぞや?の程度でした。

インドネシアに赴任した当時は、ヤシの木は1種類で実をジュースや料理に活用するものと考えていましたが、こぶりな実がたくさんできる品種を発見。調べてみると、アブラヤシという種類で、世界で最も多く生産される植物油の原料とのこと。その大部分は、インドネシアとマレーシアで生産されるとのことでした。チョコレートなどの食品から、広く日用品まで使われる非常に身近な存在ですよー

クアラルンプールの空港は、アブラヤシ畑のど真ん中にあります。電車で市街地まで移動する車窓からはエンエンとアブラヤシです。


もう一つ気になったのが、インドネシアのヤシの木は背が高いです。市街地や駐車場、いたるところに植えたのか、生えてきたのかわからない大木が、涼しい木陰を提供してくれます。ほかの種でも、日本では考えられないような大木を、よく見かけます。

台風などの熱帯低気圧は、赤道付近の南北緯5度以内では発生も通過もしないそうです。コリオリの力が弱いからだそうですが、なるほど、風による倒木が少ないのでしょう。記念館で見つけた資料で、私たちがイメージするヤシの実ができる一般的なものは、ココヤシという種類で、30m程度まで育つそうです。

記念館の周囲には、リュウキュウヤエヤマヤシが群生しています。背は高くないですが、しっかりとした幹です。台風にも負けない固有種として、認識できたのは記念館のおかげでした。


近いのでおまけの視察で、クリスタルビーチに行きました。私有地を通らないといけないとの口コミ、行ってみるとホテル建設中の大工さんが、オーナーがビーチまでの道を開拓して、地権者の同意を受けているとのこと。敷地に駐車させたもらって、視察にいきました。きれいなビーチでした。


もう思い残すことは無いため、空港へと向かいます。石垣島は二回目でしたが、晴天にも恵まれ、予想以上に楽しく過ごせました。水温が冷たいのが残念でしたが、10月ごろに再訪したいと思いました。た・だ・し、水温が高くなると、猛毒を持つハブクラゲの脅威と、台風シーズンがあります。どのタイミングがベストかな~と考えてしまいましたとさ。おしまい


2026年3月22日日曜日

石垣島に行こう!3.5 再リベンジ編

 感覚的に、今日しかないと考えて、近くの「青の洞窟」に近いので、チャレンジすることにしました。吹通川の駐車場から車で7分です。

アプローチが難しいのですが、なんとかたどり着きました。

おそらく、この道の向こうにあります。ひと様の敷地を通過する必要があり、階段通路を通って目的地に向かいます。

海際で分かれ道がありますが、野生の勘で右です。小さなビーチがありました。情報戦は大切です。「地元の方ですか?」と声をかけて、有力な情報を引き出します。洞窟の正確な位置情報です。

中高生ぐらいの3人組が丁寧に教えてくれました。ビーチの右沿いに進むとすぐに青くなるのでわかるということでした。ついでに珊瑚の場所も聞きました。

ちっさな洞窟でした。この日は若干波があり、浅場から飛び込むように洞窟に入りました。当然ですが、出かたも考慮する必要があります。入る方から見て、左側が若干深くなっています。引き波に合わせて、スッと出れば問題ないでしょう。

洞窟の中には、穴があり、西陽のチンダル現象が綺麗でしたが、午前中に来ると真っ暗なのでしょうか?中はあまり広くないのですが、貸切のため、のんびりと過ごせました。

沖の方まで珊瑚の調査に行きました。比較すると、午前中に行った大崎ビーチの方が良いと思いました。

今日は二大目標であった、サップと青の洞窟を達成したため満足していると、妻が行きたい場所があるとのこと。島の西側にある「ミルミル本舗 本店」に行きました。

主目的はというか、ターゲットはジェラートでした。私は姉妹店でハブボール他を購入して、きれいな海と島々に沈む夕日を楽しみました。地元の人らしい家族連れなどもいて、隠れスポットだと感じました。

石垣島に来てから、徐々に雲が少なくなり、晴れて気温も上がってきました。若干雲があって、残念でしたがとても素晴らしい景色でした。ちなみに日没は、18:50でした。東京と1時間ほど違うため、注意して旅行プランをたてましょう。

この日の夕食は、スーパーで刺身やらの地元食材を購入しました。非常に安価なメカブも購入したのですが、そのままではしょっぱくて(塩)、水洗いの必要がありました。

バンナ公園の展望台に夜景を見に行きたいと言っていましたが、体力的に無理でしたとさ。三日目終了。

2026年3月21日土曜日

石垣島に行こう!3 青の洞窟編

 石垣島3日目です。

サンダルを忘れてきたため、近所のコンビニまで行きました。

道路に木のアーチがかかっています。名もない観光名所かと思いきや、特筆は歩道に張った根です。インターロッキングブロックの溝に沿って根が伸びています。素直なよい子です。

今日は「青の洞窟」のシュノーケリングツアーです。本当は昨日の予定でしたが、この地域の北東の季節風の影響により、違うビーチに行くとのこと。実は、沖縄本島の「青の洞窟」ツアーの時に妻が血圧が高いにチェックしたら、参加できずに、ビーチで待ちぼうけでした。今回はリベンジマッチです。そのため一日ずらしての再チャレンジです。

集合場所の船客待合所に行くと、大勢の人が待っています。カヤックとかの他のツアーも混ざっています。ワンボックス車が来て、約8人づつピックアップしていきます。告げられた言葉は、大崎ビーチに行くとのこと。リベンジならずの瞬間でした。

大崎ビーチはというと、トイレ等の設備が全く整備されていない野ビーチでした。しかし、多くのツアー用のワンボックス車が集結(路駐)していて、沖にもたくさんの船が集結していました。

ビーチエントリーでリーフ内をジャブジャブと歩いて、沖に出ます。少し深いところでは、魚影も濃く、枝珊瑚が群生するポイントもあり、予想以上に綺麗でした。

ここではカメラがないため、ガイドさんが撮ってくれたものを貼り付けます。

さらに沖の方に行くと、優雅にカメが泳いできました。カメちゃんは、必死感が無いものの、意外に速く、必死でガイドさんが追い回して撮影した写真を載せます。自然のカメを追いかけたらダメですよネー

リクエストしていた下からの撮影もしてくれました。テレマカシー

※インドネシア語でありがとうです。


12時にホテルに帰ってきました。多分、妻は秒で寝れる状態です。苦労して持ってきたSUPを今日使わなければ、出番が無いと思い、吹通川へ行くことにしました。川平湾も含めて、北部までの移動は30分とかなり便利です。

県道沿いの駐車場に到着です。妻はまだ電池切れのため、SUPに空気を入れて、視察に行きました。まず、上流チェックです。ツアーのガイドさんもいて、親切に色々教えてくれました。立派なマングローブの森で、当然汽水域です。

一応、下流というか海も調査しました。浅くて、少し風が強く、沖に流される不安がありますが、水温も暖かく、SUPのトレーニングには、ちょうどよい感じです。戻って妻を叩き起こしました。

まずは穏やかなマングローブの森に突入です。南国の生命の源である穏やかで静かな森です。あまり馴染みのないマングローブですが、豊かな生態系に寄与していることは間違いないです。水路が細く、ツアー客もいるため船頭は任せれません。ちょうど最干からの海からの満込みで、水温もホッとします。本流まではたどり着けませんでしたが、命の森を満喫できました。

どんどん海からの塩水が満ち込んでくる中、海へとくり出します♪ 気温も上がり、絶好の航海条件です。基本ルールだけ伝えて、妻を海上に放置します。ほとんど教えを聞いてないかのように、ドンドン沖に向かって行きます。(写真の沖の点がそうです)もう二度と会えないかな、と思いつつ、子供へのお土産の貝殻を探します。なんせ、無料ですからー

妻はしぶとく戻ってきましたー。

バリ島から子供2人を連れて、船で行ったレンボンガン島を思い出しました。サップと2人乗りのカヤックを借りて、マングローブの森を探索しました。探索後は海に出て、同じく浅かったのですが、潮流が速くて危険でした。翌日、船をチャーターしてのシュノーケリングが自分人生史上、最も美しく、多様な生態系でした。石垣島で、日本にもこんなに素晴らしい場所があるのかととても驚きました。サップを担いで行った甲斐があったと思える瞬間でした。

感覚的に、今日しかないと考えて、近くの「青の洞窟」に近いので、チャレンジ・リベンジすることにしました。  後編につ・づ・く

FIFA ワールドカップ 2026 展望

 少年ジャンプを購読していた小学生時代に、まさに「キャプテン翼」の連載が始まりました。車にひかれた際に、サッカーボールが体を守ってくれた、「ボールはともだち」発言が発端です。時代により、ドカベン、キャプテン等の影響を受けた野球漫画の全盛時代に突如現れたソフトな、日本においてはマイ...