娘から東京で開催されるマンガに関する何かに連れてってくれと言われました。いいよ、と答えて、予約が必要なようです。前日にカードを貸してくれと言われて、貸し出しましたが、本人確認が出来ずに予約が取れなかったみたいです。
予定の当日の朝に調べてみました。ナニやら、最近出来たばかりの「MoN Takanawa」という美術館系の建物で開催される、手塚治虫氏の火の鳥の演劇コラボ。娘が好きなあのちゃんが声優で参加するみたい。チケットがお高いことから、私に依頼した理由がわかりました。
とりあえず突撃です。当日券を確認すると、有るけど夕方のみとのこと。別の開館記念特別展のぐるぐる展を見に行きました♪ その後に館内を散策すると、五階に足湯、六階に展望台がありました。都会の一等地に外観にもこだわりが感じられる、少しバブリー感のある建築物でした。
すぐ近くのシェアバイクの駐輪場から出発です。1日パス、1650円を購入して東京散歩(アシスト付)です。最初は不思議で無料の目黒寄生虫館です。
初めて訪れて分かったのですが、こちらは孤高の寄生虫学者、山口 左仲 氏の功績を伝える私設の公益財団法人が運営しています。誰も興味、関心が低い分野で、しかし、人々の生活に影響を及ぼす寄生虫について、孤高の、という冠詞が相応しい学者さんでした。
説明しよう! 「寄生とは?」
寄生虫は英語で Parasite (パラサイト)。『他の動物の脇にいて、その動物から栄養を得る生物』という意味です。寄生虫がとりつく相手(宿主)にたどり着くのは困難ですが、一旦寄生してしまえば、時には何年もお世話になるというものです。
私が知っていた寄生虫としては、アニサキスとサナダ虫ですが、この話は長くなるので、別の機会とします。
入館無料ということもあり、寄付を兼ねて、娘とその友達用の2着の寄生虫Tシャツを購入して帰りました。
次は、南青山にある「岡本太郎記念館」です。以前に来訪したことがあったのですが、私の影響で先生に関心を持ち、最近はご本人自著の書籍も購入していました。
自宅とアトリエを兼ねた建物を利用しているため、ぜひ連れて来たいと考えていて、自転車で乗り付けました。お庭のバナナもなんとか生き残っていましたとさ。
とその前に、お腹が空きました。先にお約束の、近所の若き漫画家たちが愛した中華料理 松葉 に行きましたが、15時までということで丁重にお断りされました。仕方がないので近所のカレー屋さんに入店、なぜここに出店したかは不明ですが、南インド風のカレー他を堪能しました。
満腹のままトキワ荘に突撃です。少し理不尽な広めの階段を登るとそこは若き日の漫画家たちが過ごした、トイレ、キッチン共同の四畳半の小部屋がつながる昭和のアパートメントでした。
手塚治虫氏が1年半ほど住んでいた部屋に、藤子不二雄両名が入居。その後にお互いのお母さんが上京したことにより、2部屋を借りて、6年ほど住みました。その間に、赤塚不二夫や石ノ森章太郎などが入居しました。一階は普通の人たちが住んで、2階はさながら創世記のマンガ修行のための合宿所的な異空間でした。
私のマンガとの出会いは「ドラえもん」でした。当時、いずれも月刊誌でしたが、小学館の小学1〜6年生までと、コロコロコミックで連載されていました。ストーリーおよび字の大きさなどは各学年のレベルに応じたきめ細かいサービス。当時まだ確立していない理論である3次元に時間項を加えた、タイムマシーンやポケット、どこでもドアに代表される4次元空間。知的好奇心の成長の7割はドラえもんから感化されています。
初めて見た映画は、お母さんと姉ちゃんと行った「のび太の恐竜」です。後に、双葉町の中学生の鈴木くんが発見したというピー助である「フタバスズキリュウ」を見にいわき市にある石炭・化石館 ほるるにも聖地巡礼で行きました。
自分の子供たちが、熱心にテレビのドラえもんを見る姿は、時代を超えて感動しましたが、未だタイムマシーンができないことが残念です。しかし、インドネシアや正月に行ったベトナムの食堂でもドラえもんがテレビで放送されていました。今世界中で最も人気があるのが「ワンピース」ですが、やや大人向けです。子供に人気で、見せたいも含めて世界一のマンガがドラえもんだと思います。溢れる藤子不二雄愛は熱が入るためこの辺にして、タイムスリップしたかのような、のどかな豊島区を堪能できました。
最後に血圧が上がらないように控えていたガチ中華を池袋駅付近で堪能して、帰りましたとさ。なぜか、池袋駅周辺にはシェアバイクの駐輪場が無いのですが、どこでも停められるので自転車は便利でしたよー。1日で60kmほど激走しました。久しぶりで、お尻が痛くなりましたが、楽しかったですよー。 おしまい


0 件のコメント:
コメントを投稿